出版界のタブーをことごとく撃ち破った、不条理漫画の極北
相原コージの『コージ苑』(1985年〜1988年)の後を継いで、ビッグコミックスピリッツのラストを締めくくったのは、当時無名だった吉田戦車の『伝染るんです。』(1989年〜1994年)だった。
エロや下ネタを、怒濤のように繰り出していた相原コージに対して、吉田戦車は不条理漫画を展開する。読者にも教養・感性を求める独特の世界観は、ダウンタウンの松本人志にも似た感覚。すなわち、「作品が読者を選ぶ」のである。
作者も、最先端のギャグを自負していたのだろう。と同時に、当時流行していた使い捨てカメラ「写るんです」をパクったタイトルには、作品が一過性のものでしかないという、諦観も感じられるのである。
四コマ漫画の基本は言うまでもなく「起承転結」だが、 『伝染るんです。』のスタイルは1コマ目からいかに不条理な設定を持って来れるかにある。オチがアタマにくるのだ。
例をあげてみよう。1コマ目では遊園地に来た親父が息子に「暇だから親子の縁でも切ろうか」と持ちかける。2コマ目では息子が「お母さんに内緒で?」とほくそ笑み、親父も「お母さんには内緒でだ」とニヤつく。3コマ、4コマ目では何故かよそよそしい父子の様子に、母親がオロオロする。
言うまでもなく、この作品の不条理性は1コマ目の「暇だから親子の縁でも切ろうか」という言葉にこめられている。残りの3コマはその不条理性の余韻を強調させる装置であり、「結」に相当する4コマ目はロジカルな帰結点でしかない。いかに常識からジャンプできるか。換言すれば『伝染るんです。』のポイントはその一点に集約される。
話題になった単行本にもその精神は遺憾なく発揮された。「’75年は吉田のものだ!」という意味不明の帯タイトル、意図的な落丁・誤字脱字。出版界のタブーをことごとく撃ち破ってしまっている。実験的といえばここまで実験的な作品もなかっただろう。
いしいひさいちが四コマ漫画の定型をブチ壊してから、四コマ漫画は呪縛が解き放れて自由な創作活動の場となった。21世紀になった今、吉田戦車が不条理漫画という枠をとっぱらった、新しい作品世界を構築できるのかどうか、目が離せない。
- 著者/吉田戦車
- 発表年/1989年〜1994年
- 掲載誌/週刊ビッグコミックスピリッツ
- 出版社/小学館
- 巻数/全5巻
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