センスがいいユーザーをターゲティングして、ピンポイントにハートを鷲掴み
一言でこの『かもめ食堂』(2006年)を語ってしまえば、「センスがいい」映画。
しかし、この「センスがいい」という表現は、作品そのものに対する評価以外に、大概において「この映画のセンスの良さが分かるアタシのセンスもいい!」という意味合いも込みになっているのだ。
『クウネル』とか『天然生活』を愛読してたり、トイカメラを愛好してたり、デザイン家電に凝ってたりするような「センスがいい」ユーザーを確実にターゲティングして、ハートをピンポイントに鷲掴みしちゃったような作品が、『かもめ食堂』。そういう意味では、配給会社のプロモーションが実に緻密で巧妙だったんだと思う。
全体的にやや広角よりの、トイカメラのような映像の質感にもそれは顕著だ。舞台をフィンランドのヘルシンキに設定したのは、昨今の北欧ブームにのっかったからではなく、はたまたグッド・デザインの北欧家具をたっぷりと見せることでもなく、おそらく色彩の問題だと思う。
LOMO、HOLGAなどのトイカメラの特徴は、柔らかなソフトフォーカスと濃厚な色彩コントラストにある訳だが、その質感を映像に代入するにあたって、日本の都会の風景はあまりにも陳腐かつ貧相。シンプルでモダンながらカラフルな街並みを活写するためにヘルシンキを選択したのは、非常に賢い計算だったんではないか。
「センスがいい」というのは表層的なデザイン要素だけではない。『かもめ食堂』では、登場人物の関係性も非常にセンスフルなのである。
例えば、片桐はいりが小林聡美に「私がいなくなったら寂しいですか?」と聞くと、小林聡美は「それはそれで仕方ない」という突き放し発言をする。それはつまり、かもめ食堂という空間にコミットメントするのも自由だし、デタッチメントするのも自由だということだ。
集団に所属してしまうと不可避的に発生してしまう“しがらみ”がここにはない。小林聡美&片桐はいり&もたいまさこの三者の関係性は、線ではなく、点で繋がっているんである。
この、「他者との微妙な距離のとり方」がこの映画のユニークさ。義理人情が人間関係の下地にある日本人的発想とは、完全に異質のものなのだ。
じゃあ僕がこの映画が好きかっていうと、実はあまり好きくない。つまり僕にはこの種の「センスの良さ」が“あざとさ”に感じられてしまうんである。
小林聡美がイメージキャラクターを務めている、超熟食パン「超熟」のCMが、『かもめ食堂』とのコラボしているだとか、日本テレビ『スッキリ!!』の1分完結ドラマが、萩上直子監督&小林聡美コンビで放送されているだとか、そういった送り手側の『かもめ食堂』ワールドの敷衍が、広告代理店的なプロモーション活動に見えてしまう。
「毎日あくせく働くだけが本当のシアワセ?喧噪から逃れ、まったりゆったりした日々を過ごすのもいいんじゃない?」的なライフスタイル提案ムービーであるにも関わらず、お客は来なくてもいい(お金のことは気にしない!)という非現実的設定なのも納得できず。
「コピ・ルアック」と唱えるだけで、コーヒーが劇的に美味しくなるなら、ワシも明日からカフェ始めるわ!・・・あと蛇足ですが、エンディングテーマでかかってた井上陽水『クレイジーラブ』は、絶対選曲ミスだと思います。
- 製作年/2006年
- 製作国/日本
- 上映時間/102分
- 監督/荻上直子
- 脚本/荻上直子
- 原作/群ようこ
- 企画/霞澤花子
- エグゼグティブ・プロデューサー/奥田誠治、大島満、石原正康、小室秀一、木幡久美
- プロデューサー/前川えんま、天野眞弓
- アソシエイトプロデューサー/森下圭子
- ライン・プロデューサー/ティーナ・ブッテール
- 撮影/トゥオモ・ヴィルタネン
- 照明/ヴィッレ・ペンッティラ
- 録音/テロ・マルムベリ
- 美術/アンニカ・ビョルクマン
- 音楽/近藤達郎
- 編集/普嶋信一
- 小林聡美
- 片桐はいり
- もたいまさこ
- ヤルッコ・ニエミ
- マルック・ペルトラ
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